日本人サッカー選手はなぜ遅咲きなのか
選手が育つ仕組みと課題についての分析
第1章:データで見る若手選手の出場機会
スペインのラミン・ヤマルやパウ・クバルシといった10代の選手が欧州トップレベルで活躍する一方、なぜ日本のサッカー選手は「遅咲き」が多いのでしょうか。まず、Jリーグで若い選手がどれくらい試合に出ているのか、データを見てみましょう。
1.1 若手選手の出場時間、世界との比較
国際的な調査によると、J1リーグは20歳以下の選手の試合出場時間の割合が、世界の主要リーグの中で非常に低い水準にあります。調査対象となった50リーグの中で、下から2番目(1.3%)という結果でした。これは、日本のプロリーグでは、若い選手が試合に出るチャンスが極めて少ないことを示しています。
1.2 Jリーガーの平均年齢とキャリアの短さ
Jリーガーの平均引退年齢は26歳前後と言われています。これは、試合に出ている選手の平均年齢とほぼ同じです。つまり、18歳でプロになっても、なかなか試合に出られないまま、あっという間に引退の時期を迎えてしまう選手が多いという現実があります。
表1:U20選手の国内リーグ出場時間割合の国際比較
順位 | リーグ | 国 | 出場時間割合 (%) |
---|---|---|---|
1 | セルビア・スーペルリーガ | セルビア | 15.9% |
49 | 日本・J1リーグ | 日本 | 1.3% |
50 | 中国・スーパーリーグ | 中国 | 0.7% |
*注:データはCIESの2025年の調査に基づいています。
第2章:日本独自の育成システム
日本の若い選手がプロになるまでの道は、主に「Jリーグのユースチーム」「高校のサッカー部」「大学のサッカー部」の3つがあります。この日本独特の仕組みが、「遅咲き」と関係しています。
2.1 Jユースと高校サッカー
中学生までの有望な選手は、プロクラブの育成組織である「Jユース」か、学校の「部活動」である高校サッカーのどちらかを選ぶことが多くなります。ヨーロッパでは才能ある選手がプロの育成組織に集まるのが一般的ですが、日本では才能がこの2つに分かれてしまいます。
2.2 大学サッカーという選択肢
高校卒業後すぐにプロになれなかった選手の多くが、大学に進学してサッカーを続けます。大学の4年間で身体的にも精神的にも成長できるという利点がありますが、プロになるのが22歳と、必然的にキャリアのスタートが遅くなります。これが「遅咲き」を生む最大の要因です。
第3章:経済的な理由とリスク回避
Jリーグの監督が、若手ではなく経験豊富なベテラン選手を試合で使うのには、クラブの経営に関わる経済的な理由が大きく影響しています。
3.1 降格がもたらす大きな財政的打撃
J1リーグからJ2リーグへ降格すると、クラブの収入は大幅に減少します。特に、テレビ放映権などから分配されるお金は、平均で44%も減ってしまいます。この大きな損失を避けるため、クラブは目先の勝利を最優先し、若手を試すよりも確実な戦力であるベテランに頼りがちになります。
若手が育ちにくい悪循環
「降格したくないから、監督はベテランを使う」→「試合に出られない若手は、出場機会を求めて大学へ進学する」→「大学という選択肢があるため、クラブは無理に若手を育てなくてもよいと考える」。このような悪循環が、「遅咲き」の構造を定着させてしまっています。
第4章:育成における考え方と課題
選手の身体的な成長のペースや、指導方法に関する考え方も、「遅咲き」に影響を与えています。
4.1 身体の成長ペースの違い(早熟と晩熟)
育成年代では、同い年でも身体の成長が早い「早熟」な選手が試合で活躍しやすく、選ばれやすい傾向があります。一方で、技術はあっても身体の成長がゆっくりな「晩熟」な選手は、チャンスを失いがちです。そうした選手たちが、大学の4年間で身体が成長するのを待つケースが多くあります。
4.2 日本人と海外選手の身体的成熟の比較
ここで重要なのは、「日本人は身体の成熟が遅いから、18歳では大人と競えない」という考え方は、一般的な誤解であるという点です。科学的なデータでは、日本人の身体が成熟する平均的な年齢は、スペイン人など欧米人と比べて決して遅くはなく、むしろ若干早いという報告すらあります。
問題の本質は、人種による平均的な差ではなく、どの国にも存在する「個人差」です。スペインのヤマル選手のような10代で活躍する選手は、スペイン人の中でも例外的に早熟な才能であり、平均ではありません。日本人が遅咲きなのは、生物学的な理由ではなく、才能ある若者(特に早熟タイプ)を10代からトップチームで積極的に起用する「文化や育成システムの違い」に根本的な原因があります。
4.3 育成システムを乗り越えた選手たち
大学経由で成功した選手は、日本の育成システムが生んだというよりは、むしろ「早熟な選手が有利」といったシステムの課題を、大学進学という道を選ぶことでうまく乗り越えた「生存者」と見ることもできます。彼らは、自分自身の成長のペースに合わせて、最適な環境を自ら選んだ結果、成功を掴んだと言えるかもしれません。
第5章:Jリーグの改革の試み
Jリーグもこうした課題を認識しており、若手育成の仕組みを変えるための様々な改革を進めています。
5.1 ホームグロウン制度など
例えば、自クラブの育成組織で育った選手をトップチームに一定数登録することを義務付ける「ホームグロウン制度」を導入しました。これにより、クラブがもっと自前の選手の育成に力を入れることを促しています。
5.2 残された課題
しかし、こうした改革は、質の高い若手選手を「育てる」ことに主眼が置かれています。一方で、育てた選手を試合で「使う」ことへの働きかけはまだ十分ではありません。監督たちが降格のプレッシャーを感じ続ける限り、若手を積極的に起用するようになるまでには、まだ時間がかかりそうです。
結論
日本人サッカー選手が「遅咲き」になりやすい理由は、決して一つではありません。以下の3つの大きな要因が、複雑に絡み合って生まれる構造的な問題です。
- 育成システムの特性:高校や大学のサッカー部という、プロ以外の道が充実しているため、多くの選手が大学を卒業する22歳でプロキャリアを始める。これが「遅咲き」の直接的な原因となっている。
- 経済的な事情:Jリーグでは、下のリーグに降格するとクラブの収入が激減してしまう。そのため、監督は失敗のリスクがある若手よりも、計算できるベテラン選手を起用して、目先の勝利と残留を優先する傾向が強い。
- 身体的な成長の問題:育成年代では、身体の成長が早い選手が有利になりやすい。成長がゆっくりな選手は、大学などで時間をかけてフィジカルが追いつくのを待つ必要があり、結果的にプロになるのが遅くなる。
要するに、日本のサッカー界全体が、若手をじっくり育ててからプロにするという「遅咲き」を前提とした仕組みになっている、と結論づけることができます。