💡 日本サッカー豆知識

なぜ日本のスタジアムは「公共の宝」になれないのか

サッカーのスタジアムが「税金の無駄遣い」と批判される理由

日本のスタジアムが抱えるジレンマ

活用されない資産と負のスパイラル

日本のスタジアムの「公共性」問題の根源は、公的資金の投入と資産の使われ方との間の「ミスマッチ」にあります。建設に税金が使われながら、その利用は年間数十日の試合日に限定され、ある調査では年間の77%もの期間が全く利用されていません。

この極端に低い稼働率が、財政赤字、施設の陳腐化という「負のスパイラル」を生み出しています。収益不足は再投資を妨げ、屋根のカバー不足、狭い座席、貧弱なWi-Fi環境といった観戦体験の劣化を招き、さらなる観客離れを引き起こすのです。「税金の無駄遣い」という批判は、この構造的欠陥から生まれています。

構造的対立:専用スタジアムの理想と自治体の現実

問題に拍車をかけるのが、クラブが求める臨場感ある「サッカー専用スタジアム」と、コストを抑えたい自治体の現実との対立です。自治体にとっては既存の陸上競技場の改修が現実的ですが、クラブやファンにとっては魅力に欠けます。この構造的な対立が、新たな投資を停滞させる大きな要因となっています。

世界のスタジアム・ガバナンス:2つのモデル

スタジアムの資金調達とガバナンスは、国や地域によって大きく異なります。特に北米と欧州のモデルを比較することは、日本の進むべき道を考える上で重要な示唆を与えます。

比較項目 北米モデル (USA) 欧州モデル (Europe) 日本モデル (Japan)
主な資金源 高額な公的補助金、個人向けシーズンチケット(PSL)、民間資金 主に民間資金(クラブ、企業) 自治体、企業、一部寄付金による混合型
公的セクターの役割 資金提供者(チームの移転阻止が主目的) 規制監督者(EU)、インフラ整備のパートナー 所有者・土地提供者、資金提供者
公的支援の正当化根拠 経済効果(観光、雇用創出)の主張 市場の失敗の是正、公共政策目標の達成 地域活性化、スポーツ振興
主な論争・課題 億万長者オーナーへの利益供与、実証されない経済効果 国家補助規則違反、ジェントリフィケーション 低稼働率、「税金泥棒」批判、恒常的な赤字

この比較から、日本のJリーグが理念とする「ホームタウン」制度は欧州モデルに近く、巨額の公的補助金に依存する北米モデルではなく、民間投資を主体としつつ公共の利益を確保する欧州モデルから学ぶべき点が多いことがわかります。

海外の成功事例:365日稼働する「プラットフォーム」へ

世界の先進的なスタジアムは、単なる競技場ではなく、エンターテインメント、経済活動、社会イノベーション、そして市民生活の「プラットフォーム」として機能しています。

トッテナム・ホットスパー・スタジアム (ロンドン)

多目的収益マシン
世界初の分割・可動式ピッチを導入し、サッカーとNFLの兼用を実現。コンサートやボクシングも開催し、クラブ収益を劇的に増加させました。

ザ・バッテリー・アトランタ (アトランタ)

複合開発型「スタジアム・ディストリクト」
スタジアムを核に商業施設、ホテル、住宅、オフィスを一体開発。試合がない日も賑わう「目的地」を創出し、不動産開発という新たな収益の柱を確立しました。

ヨハン・クライフ・アレナ (アムステルダム)

社会・環境イノベーションの「実験室」
再生可能エネルギーで運営され、失業者向けの雇用計画や若者向けのITトレーニングの拠点となるなど、地域の課題解決に貢献する「社会的インフラ」として機能しています。

タイトルタウン (グリーンベイ)

市民が所有する公共空間
NFLパッカーズの本拠地に隣接し、商業主義よりもコミュニティの共有空間を重視。広大な公園を中心に、無料で様々なアクティビティを提供し、市民の誇りを育んでいます。

巨大プロジェクトの光と影:SoFiスタジアム(ロサンゼルス)の教訓

総工費50億ドルを民間資金で賄ったこのプロジェクトは、経済的成功の裏で、周辺地域の家賃高騰を招き、古くからの住民が立ち退きを迫られる事態を引き起こしました。この事例は、経済的成功だけでなく、地域社会の公平性を計画の初期段階から核に据えることの重要性という、重大な教訓を突きつけています。

公的信頼の構築:地域社会との連携戦略

スタジアムの公共性を確立するには、地域社会からの信頼、すなわち「社会的ライセンス」が不可欠です。これはPR活動ではなく、具体的な行動を通じてのみ獲得できます。

財団モデル:深く持続的な地域貢献

その代表例が、トッテナム・ホットスパー・ファンデーションです。クラブとは別の慈善団体として、雇用創出、健康支援、教育プログラムなど、地域の具体的なニーズに応える多角的な活動を展開。その活動は年間2,040万ポンド(約38億円)の社会的価値を地域にもたらしたと定量化されており、「税金の無駄遣い」という批判に対する強力な反証となっています。

設計によるインクルージョン:市民機能の統合

公共価値は、物理的な設計に公共機能を組み込むことでも高められます。パナソニックスタジアム吹田の「防災拠点機能」や、トッテナムのスタジアムにある自閉症サポーター向けの「センサリールーム」のように、あらゆる市民が価値を見出せるインクルーシブな設計が、スタジアムを真の地域資産へと変貌させます。

結論:なぜ日本のスタジアムは「公共の宝」になれないのか?

その答えは、公的資金の投入と、資産の使われ方との間の「根本的なミスマッチ」にあります。

日本のスタジアムは、税金という公的資金で建設・維持されながら、その利用が年間数十日の試合日に限定され、事実上、特定のプロスポーツクラブという一民間企業の利益のためにしか使われていないと見なされています。

この構造が、極端に低い稼働率と慢性的な赤字を生み、「税金の無駄遣い」という厳しい批判の根源となっています。公共性は、スタジアムに自然に備わるものではありません。海外の成功事例が示すように、多様なイベント開催、複合開発、そして地域貢献活動を通じて、意図的に「創造」されるべきものです。

日本のスタジアムに公共性がないのは、スタジアムを単一目的の「ハコモノ」として捉え、公的支援に見合うだけの多様な価値を地域社会に提供するという設計思想と戦略が欠けているためです。

日本のサッカースタジアムが公共価値を創造するためには

スタジアムが真の市民資産へと生まれ変わるためには、ガバナンス、財政、都市計画、地域統合の各側面にわたる体系的な改革が必要です。

提案 主な目的 対処する日本の課題
公共貢献の約束制度 公的投資に対する公共リターンの保証と定量化 「税金泥棒」批判、公共便益の定義の欠如
公民連携(PPP)の改革 長期的な経済的利益の納税者への還元 公的セクターがリスクのみを負う構造
多目的利用を前提とした設計 稼働率の向上と収益源の多様化 極端に低い稼働率、限定的な収益源
スタジアム中心の複合開発特区 スタジアムを核とした地域全体の活性化 孤立した「ハコモノ」、周辺の賑わいの欠如
市民向け機能の併設 非ファン層への日常的な価値提供 利用者がファンに限定される問題
常設の地域協議会 運営における継続的な住民参加と合意形成 交通・騒音等の継続的な地域問題